流暢な英語を話す上海の空港のオペレーターはコンピュータでカタカタと予約の照合をしています。
でもクレームタグと搭乗券がなかなか出てきません。
「おねぇさん、早くして!お客さん、待っているんだから…」
って感じで少しイライラし始めた私に、信じられない言葉が…
「あなたたちの席はない。」
!?(゚〇゚;) 「え?」
今回の記事はHaruがご案内いたします。
1. 添乗員泣かせの中国リコンファーム事情
現在の中国の旅行事情は分かりませんが、私が添乗員として現地に行っていた頃は、他の国では通用しないことが沢山ありました。
その一つがリコンファームです。
リコンファームとは『帰国便の予約の再確認』のことです。
リコンファームをしないと他に待っているキャンセル待ちのお客などがいる場合、予約を落とされたりします。
添乗員はツアーの帰国便のリコンファームを通常、電話で行っていましたが、当時の(今から20年前くらい)中国の航空会社のリコンファームは違いました。
帰国便の航空券を全員分、航空会社のオフィスに持参して航空券にスタンプを押してもらう方式が主流でした。
これが添乗員泣かせでした。
大抵は航空会社のオフィスのある都市での観光中に添乗員だけ抜け出したりしてこの作業をやります。
でも各地を周遊するツアーなどでなかなかそれが難しい場合には、いつリコンファームをするのかは結構大事な旅程管理になります。
実際、このリコンファームの事情を知らずか、舐めていたのか、大手J社の添乗員がリコンファームをせずに大型ツアーの帰国便を全部キャンセルされてクビになったなんて逸話を聞いていましたので注意を払っていました。
2. 自信満々でリコンファームを請け負う上海のガイドさん
そんななか、あるツアーの添乗で上海に行ったとき、現地ガイドにリコンファームの件を相談すると、
「はるさん、最近は上海ではリコンファームは電話だけで大丈夫ですよ。」
と言うではありませんか。
私は、それでも用心深く、
「でも、やっぱり心配だから明日、観光時間に行ってくるよ。」
と言うと、
「大丈夫ですって。上海は、北京や大連と違って進んでいますよ。馬鹿にしないでくださいよ。」
なんて言います。
「私がやっておきますから、チケット預かりますよ。」
とまで、言ってきます。
上海の人は、概して北京や大連の人に比べて、サービス精神旺盛というか、社交的と言うか、口が達者というか…。
そして特に首都・北京に対して対抗心があるような気がしました。
とにかくその時の上海のガイドさんは、やたら「任せて下さい!」的な感じだったんです。
私もそこまで言うなら…とチケットを渡してリコンファームを頼みました。
3. 無事、帰国の日を迎えて
翌日、リコンファームが済んだからと、チケットを受け取り、帰国の日となりました。
ガイドは空港まで見送りますが、当時の中国の空港は搭乗者以外は中までは入れず、その手前でお別れです。
お客さんにもウケが良いガイドさんは、みなさんから沢山のお礼の言葉のなか、大きく手を振って見送ってくれました。
4. や・ら・れ・た
中国国内ではいろいろなことをガイドさんに任せてますが、空港の手続きは添乗員の仕事です。
いつもの通り、搭乗カウンターの前にお客様の荷物を並べてもらい、
「じゃぁ、搭乗手続きを済ませますので、ちょっと待っていて下さい。15分後にここに集合でトイレに行きたい方はあちらでーす。」
なんてやってました。
そして帰国便のチケットを航空会社のオペレーターに手渡します。
コンピュータでカタカタと予約の照合をしますが、通常もらえるクレームタグと搭乗券がなかなか出てきません。
「おねぇさん、早くして!お客さん、待っているんだから…」
って感じで少しイライラし始めた私に、信じられない言葉が…
「あなたたちの席はない。」
「え?」 !?(゚〇゚;)
「予約は既に落とされている。リコンファームはしたか?」
「え?した…よ…、うぅ、リコンファーム…」
どこの国でもそうだと思いますが、中国では特にこのようなケースでは取りつく島もありません。
「予約は取り消されている。それに関しては私の関知するところではない。どうする?キャンセル待ちを入れるか?」
私は、一気にテンパりました。
アメリカ映画だったらこんな絵になるのでしょうが…
実際の私はこんな感じです。
予約を落とされた経験など一度もありません。
とにかく、このオペレーターも他の客の相手をし始めると話すらしてもらえなくなる可能性があるので、
「わ、わかった。とにかくすぐにキャンセル待ちを入れてくれ。ところで、可能性はどうなんだ?」
中国の航空会社の女性オペレーターは私に同情する表情など一切せず事務的にパソコンをいじる。
「今は1席も空いていない。ただ、待っているのはあなたたちだけだ。」
おー!なってこった!
こっちは20人の団体さんだよ!
1席も空いていないなんて!
「とにかく、プッシュしてくれ!俺たちはこの便で帰らなくてはならないんだ!」
「わかった。」
こっちがエキサイトしても、相手は完全に事務的に処理して、表情一つ変えやしない。
「頼んだぞ!」
はっきり言って、私は語学はからきしだめな添乗員です。
だから、日本語で書くとかっこいいかもしれないけど、これを片言の英語でやっていたんです。
相手は綺麗で流暢な英語を話しているのに…
5. 『ヤツ』を探せ!
まずは、笑顔で帰国便のチケットを返しやがったあのガイドをとっ捕まえて、会社からプッシュさせるしかない…
お客様の方へゆっくりと歩いていき、笑顔を絶やさず、
「もうちょっと手続きに時間がかかりますので、申し訳ありませんが、ここで少々お待ち下さい。」
と言い残し、早歩きで、そしてお客様から見えないところまできたら、搭乗口まで猛ダッシュです。
搭乗口の周りを見回しますが『ヤツ』は見当たりません。
特に搭乗便がディレイしていたわけでもありませんので、彼らは『本日の業務は終了!』って感じで既に帰った後のようです。
今頃は、どっかでビールでも飲んでるかもしれません。
「ちくしょー!」
怒ってみたところでどうしようもありません。
時間がありません。
6. 選択を迫られる添乗員の焦り
もう出発まで1時間を切っています。
とりあえずガイドとの接触はあきらめチェックインカウンターに一目散で戻ります。
さっきのオペレーターを捕まえて、
「どうだ?キャンセル待ちは取れたか?」
「いや、取れない。」
うぅ…
心の中でうめき声…
写真はイメージです
でも実際はこう
この日は、上海から大連経由で成田に帰国する便があることを思い出し、最悪のケースについて考える…。
先ずは、『席が空いているかだ…』
「大連経由は席があるか?」
事務的に、でも言ったことはちゃんとやってくれる『当たり』のオペレーターは、
「まだ、20席は取ることが可能だ。」
よし、最悪これだな。
でも、この便も出発まで3時間くらいしかない…。
7. ビザが必要な当時の中国
当時の中国はビザがないと入国できませんでした。
団体ツアー客は団体ビザというのを取得しています。
出国地が変更になる場合には大使館か領事館でその手続きをしなければなりません。
もし、便を変更するとなると…
一度市内に戻って領事館で手続きをして空港に戻ってこなければなりません。
全員のパスポートを持参して済む話ですが、お客さんだけをこの場に置いていくのも…
しかも、領事館でいやがらせで全員の顔を確認するだなんて言いだされたら…
お客さんを市内まで連れて行くにはバスも必要だ…
しかも、このオペレーターが杓子定規に、帰国のビザがないと予約を取ることはできない、なんて言い出したら…
あぁ、時間がない…
かといって、すぐに次善の策に切り替えると、キャンセル待ちはもう動こうとしないだろう…
最小限の行動しかしてくれないのが常。
8. 腹をくくるも、なお続く「こう着状態」
「Hey!小姐!(御嬢さん)予約はどうなんだ?」
きりっとした英語の堪能なオペレーターは首を振った。
私は腹をくくった。
とにかくオペレーターから離れたらヤバいのは判っていました。
彼女も私のためだけに仕事をしているわけではありません。
ぴったりと張り付いて、ぎりぎりまでキャンセル待ちに賭けて、ダメならすぐ市内に向かおう。
最悪は『ノーマルの席はないのか?』と聞くしかないか…
団体の安い席はなくても高く売れる席は持っていたりします。
ただ、そんなことをしたら利益が吹き飛ぶどころではありません。
まっかっかの大赤字ツアーになってしまう…
目線だけはオペレーターから離さず、一度お客さんが集まっているところに行き、
「申し訳ありません、ちょっと手続きがうまくいきませんで…、ちょっと時間がかかってます。」
さすがにお客さんもいつもと様子が違うことに気が付き、
「はるさん、大丈夫なんかい?え?」
などと言ってきます。
「はい!もうちょっとすれば、搭乗券が発券されますので…申し訳ありません!」
深々と頭を下げ、笑顔を絶やさずにやっていますが、背中はもう汗びっしょりです。
通常のディレイなどでしたら、免税店でお買い物してもらうとか、コーヒーショップでお飲物のご提供などで時間を稼ぐところですが、最終搭乗ゲートをくぐれなければそれすらできません。
仕方なく、
「申し訳ありませんが、発券され次第、すぐ搭乗のご案内にしますので、この場を離れずお待ち下さい。」
と、お願いして、もう一度搭乗カウンターへ。
9. もう君を離さないっ!
もう、絶対このオペレーターを離さない!
私はぴったりと張り付き彼女に催促を繰り返します。
こういう時の時間というのは、本当におかしな感覚に囚われます。
刻々と迫る出発時刻、焦る心は時間があっという間に過ぎていく感覚。
でも、「なす術もなく待つだけ」の状況は長くも感じられます。
10. その時、天使がほほ笑んだ
何度目かの催促に対して、パソコンをカタカタやって、
「取れた。荷物は何個だ?」
「え?」
「早く、バゲージを積み込んで下さい。」
一瞬、何を促されたのか良く状況が掴めませんでした。
その後、我に返り、一気に込み上げてきました。
「Ohooooooooooooo! 取れたーっ!」
もう出発前30分を切っています。
「20個!」
クレームタグをくれ!
いつもの3倍速で付けてくぜぇ!
オペレーターもてきぱきと手伝ってくれる!
「おぉ、意外に優しいじゃないか、小姐!」
ずっと、事務的ではあるが的確に仕事をしてくれた小姐オペレーターにお礼を言うと、
彼女は初めて微笑みかけてくれた。
きりっとした彼女の一瞬見せた微笑みは天使に見えました…
私のその「心の声」が届いたのか、彼女は少しはにかんだ笑顔を見せたような気がします。
11. さぁ!出発だ!
一気に荷物を積み込み、搭乗券をもらって、お客様に満面の笑みで、
「お待たせしましぁ!ハイ!こちらでーす!」
搭乗券さえもらってしまえば、どうにでもなります。
時間が無くても、
「免税店でのお買い物を諦めて下さい。」
なんて口が裂けても言えません。
「申し訳ありませんが、15分しか時間がありませんので急いで買い物をして下さい!」
もう、私は免税店のレジに張り付いて、もたつくお客さんがいたら財布をふんだくる勢いで精算のお手伝いをして、なんとかお目当てのお買いものだけはして頂けました。
搭乗時間なんかとっくに過ぎて、出発時刻5分前くらいに一気に乗り込みました。
12. 脱力感…
私は帰国便の席に着き、無事、離陸をしたことを見届けると…
一気に脱力感です。
はっきり言って生きた心地がしませんでした。
本当に旅行の仕事はいつも時間と背中合わせで、正解がないなかで即答を求められてきました。
だから事務の仕事をしている現在は仕事でテンパるということは経験ありません。
事故にも遭遇しましたし、長時間のディレイで100人以上のお客さんの怒号の中で謝り続けたこともあります。
正直、涙が出そうでした。
もう、自分のせいでなくても、どうにもならないことを全部受け入れて仕事しなければならない、結構キツイ仕事です。
タフでないと続かないかもしれません。
でも、私はこの仕事が好きでした。
できることなら、もっと続けていたかった…
私は、この思いがあるからこそ、このくらい好きな仕事をあきらめた経験があるからこそ、転職の際に考え方がぶれずに自分の思った考えを貫き通せるのだと思っています。
《私が旅行会社で働き続けることを諦めた理由》