インボイス制度の適用時期が間近に迫り、フリーランスで働いている方々は不安になっている状況です。
有名な作品に出演しているような声優さんでも廃業を考えているといったお話も良く聞きます。
本記事では、以下のような内容をお届けします。
- 声優さんのような職業の方が、何故、廃業まで考えなければならないほど大きな影響があるのか
- 同様のフリーランスの方が事業継続する場合のお話
について、説明します。
1. 消費税の仕組みを簡単に解説
このお話については、消費税の仕組みについて全く知らないと理解できません。
詳しいお話は、国税庁のホームページなどで解説されているので、そちらを参照してください。
ここでは、かいつまんで理解できる程度に簡単にご説明します。
できるだけ簡単な言葉で説明しますので、最後まで読んで頂けると嬉しいです。
1-1. 消費税は『事業者』が申告・納税する制度
まずは、消費税は『事業者』として商売をしている人や会社が税務署に申告して、納税しています。
『事業』とは、「対価をもらって」「反復継続」している、という要件があります。
一般の企業はもちろん、フリーランスで仕事をしている『個人』も事業者となります。
フリーランスの方々のように会社を設立せずに事業をする場合は『個人事業者』とか『個人事業主』と呼びます。
1-2. 消費税には、『免税』という特例制度がある
消費税は、事業者が納税する仕組みですが、一定の基準を満たすと『免税事業者』として、申告も納税もしなくていいという特例があります。
『一定の基準』とは、
- 2年前の1月~12月の1年間の売上高が1,000万円以下であること
- 1年前の1月~6月の半年間の売上高が1,000万円以下であること
個人事業主の事業年度は暦の1月~12月の1年間となります。
【令和4年1月~6月の半年間の売上高】450万円<1,000万円
上記なら、令和5年1月~12月の1年間は免税事業者に該当します。
免税事業者になると、とても有利です。
課税事業者なら、年間1,100万円の売上高から、100万円を消費税として納税しなければなりません。
免税事業者なら、年間1,000万円の売上高を全額『自分の収入』として受け取ることができて、消費税の納税がありません。
従って、上記の例なら、どちらも手元に残る現金は1,000万円で同じになります。
しかも課税事業者は、消費税の申告・納税事務の負担が増えます。
大幅な売上増が見込めないなら、売上を削ってでも免税事業者となる年間1,000万円以内に売上を抑えた方が有利とも言えます。
1-3. 消費税の納税額の仕組み
消費税の納税額は簡単に言うと以下のような計算式で計算されます。
イメージでは、
『納税額』=『もらった消費税』-『払った消費税』
ということです。
令和4年の売上高(税込:880万円)
令和4年の経費(税込:132万円)…事務所家賃11万円/月×12カ月
『売上高に含まれる消費税』880万円×10/110=80万円
『経費等に含まれる消費税』132万円×10/110=12万円
『消費税の納税額』80万円-12万円=68万円
2. 声優さんの働き方
ここまで見てきた消費税の基本的な仕組みを踏まえて、声優さんの働き方を見てみましょう。
2-1. 声優さんは個人事業主
まずは、声優さんのほとんどがフリーランス、個人事業主として働いています。
事務所に所属していたとしても、それはサラリーマンのような『雇用』ではなくフリーランスの扱いです。
ですから税法上は『個人事業主』として扱われます。
お笑い芸人さんなど、芸能人の方々もこの形式での働き方かと思います。
2-2. 経費がほとんどないフリーランスは免税事業者になりやすい
フリーランスで働いている個人事業主の方でも業種により、売上や仕入れ(経費の発生)状況は様々です。
『モノ』を仕入れて販売している物販業や外注先を沢山抱えてい手広く事業をしている個人事業主は、売上高から仕入れ金額や外注先へ支払う金額を差し引いた金額が利益となり手元に残ります。
そういった業態に比べて、声優さんのように『自分自身』の行為のみで売上を上げる業態は、
『売上高』≒『利益』
となる商売です。
多少の経費はありますが、ほとんどが自分の人件費が売上の源泉となっていると思います。
だから、少ない売上高でも生活が成り立つとも言えます。
そして、このような業態のフリーランスの方は相当の売れっ子でもない限り、消費税法上は『免税事業者』に該当することになります。
年間売上高1,000万円以下が免税事業者のラインを反映しています。
2-3. 声優さんの販売先は課税事業者
では声優さんは『どこに対して』売上高が上がっているかを考えます。
例えば、声優さんがアニメの仕事を受けたときを考えてみましょう。
オーディションを受けて合格して、所属する事務所が、アニメ制作会社から業務を請け負ったとします。
声優さんは、アニメ制作会社から頂いた委託料から所属事務所の取り分を差し引いた金額、声優さんと所属事務所で取り決めた金額が支払われます。
つまり『声優さんという個人事業主』の売上先は、『所属事務所』ということになります。
この『売上先』が重要になります。
売上先である『所属事務所』は、免税事業者ではないでしょう。
なぜなら、声優さんに支払いをして手元に残るお金で、所属事務所の人件費や家賃などを賄う必要があるからです。
1,000万円以下の売上では、事業として成立しないでしょう。
整理すると…
◆声優さんは、経費がほとんど無く、売上が小さい業態なので、免税事業者であることが多い
◆声優さんの売上先は、課税事業者
3. インボイス制度の本質
インボイス制度の本質は、「課税事業者が消費税の納税額計算において経費の消費税を引けるのは適格請求書を受け取った支払いだけ」と決めたことにあります。
(経費分の消費税を差し引きして納税額としていい)
◆免税事業者は、適格請求書発行事業者になれない
ということです。
3-1. 企業は免税事業者に発注しにくくなった
課税事業者は、『インボイス適格事業者』に発注しないと『10%の消費税を負担』しなければならない、という点がインボイスへの大きな影響です。
所属事務所の所属声優全員が免税事業者だった場合を考えてみましょう。
従来「声優さんに払っていた委託費の10%を消費税の納税額計算で差し引きする事」ができなくなってしまったのです。
◆年間売上高:5,500万円(税込み)
◆経費総額: 3,018万円(税込み)
▼人件費:1,500万円(不課税※)
▼家賃: 198万円(税込み)
▼声優さん委託費:1,320万円(税込み)
◆年間利益 2,120万円
▼税抜売上高 5,000万円
▼経費 ▲(1,500万円+1,380万円)
◆消費税納税額 362万円
売上消費税 500万円
経費消費税 ▲138万円
※人件費には消費税はかからないが、声優さん委託費には消費税がかかる
売上、経費、利益の計算は従来と変わらず
◆消費税納税額 482万円
売上消費税 500万円
経費消費税 ▲18万円
【結果として、消費税納税額が138万円増加する】
所属事務所は、従来の通り、声優さんが免税事業者であると、今まで声優さんに支払っていた金額の10%(厳密には10/110)の消費税を負担して手元に残る金額が減ってしまいます。
3-2. 『負担すべき消費税10%』の取り扱い
所属事務所が従来の利益(手元に残る金額)を維持するための対策は主に次の3つです。
- 所属事務所が声優さんへの支払いを10%減らす(声優さんが負担する)
- アニメ制作会社が所属事務所への支払いを10%上乗する。所属事務所は声優さんに従来通り支払う(アニメ制作会社が負担する)
- 声優さんが課税事業者を選択して、適格請求書発行事業者となって所属事務所に請求する(声優さんが負担する)
上記(2)の策が選択されないと、実質的には声優さんの負担となります。
4. 声優さんのような『売上≒利益』のフリーランスが課税事業者になったら
声優さんがインボイス制度に則り、適格請求書発行事業者になれば、過度な値引きは起きなくなります。
4-1. 声優さんが『適格請求書発行事業者』になる選択
免税事業者に該当する事業者も、選択すれ課税事業者になることはできます。
適格請求書発行事業者になるには届け出の提出だけなので比較的簡単です。
但し、今まで免除されていた『消費税の申告業務と納税』が待っています。
特に、消費税の計算構造上、宙に浮いていた消費税は声優さんの負担となります。
自身の人件費がほとんどの経費である声優さんのような個人事業主は、『売上高≒利益』です。
ですから納税額計算で引ける『経費にかかる消費税』がほとんどないためです。
所属事務所からもらえる売上に変化がなければ、消費税納税分10%の売上減少となります。
適格請求書発行事業者になるために、免税事業者が課税事業者を選択した時の影響は以下の通りです。
◆実質売上高の10%の減少
◆消費税の申告・納税事務負担が増える
◆経費はゼロと仮定(売上高=利益)
◆従来の声優さんの年間収入 660万円
▼年間売上高 660万円(税込み)
▼手元に残るお金 660万円
◆インボイス適用した場合の年間収入 660万円
▼年間売上高600万円(税抜き)
▼納税消費税 60万円 (売上の消費税をそのまま納税)
▼手元に残るお金 600万円
利益(手元に残るお金)は、60万円減少することになります。
適格請求書発行事業者にならないのも地獄、なるのも地獄といった様相です。
アニメ制作会社、所属事務所のいずれかが、利益を削って、免税事業者の声優さんに、「従来の支払い」を維持してくれれば、インボイス制度が導入されても、声優さんは今まで通り働くことができます。
しかしながら、それが見込めないことから、売上減を大変心配しているのが現状かと思います。
これが、声優さんの廃業を決断の一次要因だと思います。
(二次要因としては、これらを乗り越えても未来に希望を持てないという不安要素もあるような気もしますが)
ただ廃業を検討する前には、具体的な数値を良く把握して、現実的に制度が動き出した時の影響を見ながら、冷静な判断をして欲しいなって思います。
5. 声優さんが「手取りの減少額」を抑える方法
先述の計算例は、原則的な消費税計算をした場合のものです。
消費税には、それ以外に特例計算が認められています。
その特例を適用することで手取り額の確保をすることができます。
5-1. (対策1)簡易課税制度の適用を受ける
特例とは、簡易課税制度を受けることです。
納税額を半額程度に抑えることが可能です。
(※現状の業態や支出状況にもよりますが)
5-2. (対策2)簡易課税で自力で消費税を申告
対策は、税理士さんに依頼せずに自分で消費税の申告をすることで、税理士報酬の節約をすることです。
もし、所得税の確定申告をしているのであれば、自力でできなくはないと思います。
丁寧に申告書の注意書きを読めば、算数ができれば(数学ではなく)計算可能です。
6. 免税事業者向け特例はさらに有利な納税額
令和8年までは、免税事業者が課税事業者を選択した場合の特例が用意されています。
声優さんのようなサービス業には特に恩恵が大きいです。
以下の記事に詳しい説明、シミュレーション、手続きについて詳細をご紹介していますので、ご覧ください。
7. 【補足】詳しい説明
上記では、わかりやすい説明のため、便宜的に前提条件が必要なものも多少省略して説明しています。
以下は、本当の法律を詳しく知りたい方向けに説明していますので、ご興味のある方はご覧ください。
7-1. 免税事業者の基準
本文では、『2年前の売上高』により判定する、と記述していますが、実際には『課税期間の基準期間の課税売上高』となります。
7-1-1. 課税期間
通常は事業年度なので個人事業者は1月~12月です。
但し、事業年度が1年に満たない場合は課税期間も短くなりますし、売上高の大きい会社では事業年度ではなく、半年、3ケ月ごとの課税期間の適用もあります。
7-1-2. 基準期間
個人事業主の基準期間は、課税期間の前々年を言いますが、前々年が事業開始の年度などで1年未満だった場合には、年換算するなど、特例を用いる必要があります。
7-1-3. 課税売上高
消費税の課税対象から除外されている、非課税取引、不課税取引、免税取引などがあります。
土地の売買や貸し借り、居住用物件の貸し借り、有価証券の売買等は『非課税取引』です。
しかし、声優さんのように売上が「声優というお仕事を委託された対価」の場合には、すべて課税売上なので、『課税売上高=売上高』となることから、本文では詳細記述を省いております。
7-2. 課税仕入れ
納税額計算における、『引いていい消費税』は『課税仕入れにかかる消費税額』と呼びますが、仕入れというと物販による物品の仕入れをイメージしてしまうので、あえて、『経費にかかる消費税』というニュアンスで記載しています。
また、損失にかかる消費税につても引くことが可能です。
7-2-1. 仕入れ税額控除
この引くことができることを『仕入れ税額控除』と呼びます。
いろいろな記事でこの用語が登場するかと思いますが、要は消費税の納税額を計算する時には、「売上にかかる消費税」から引くことができるということです。
税法では、『控除』という言葉が良く出てきますが、「引き算する」ということです。
また、経費にも消費税法上、課税取引だけでなく、非課税取引や不課税取引があります。
例えば、社内の従業員、アルバイト、役員等に支払われる給与や役員報酬、賞与などは不課税取引なので、支払が発生していても『消費税計算』に含めることができません。
土地を借りたときに借地代なども同様です。(事務所家賃は課税取引となります)
下記の記事にて、具体的なシミュレーションを更に詳しくご紹介しています。
ご興味ある方は是非ご覧ください。
特に、免税事業者の方がインボイス発行事業者になった時の令和8年までの特例制度を加味したシミュレーションになっていますので、ご活用下さい。
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