2013年4月に引っ越し元のブログでその発病をお伝えした妻の病気。
この度、在宅酸素療法(HOT)を終えることができ妻の病気治療が大きく前進しました。
今回はそのご報告です。
この記事は受診のきっかけになればという思いと、病気に対して不安に思い「いろいろなことを調べたい」とネットで情報を集めたい方のために書いております。
記事で紹介している病気は治療法の確立されていない病気で治療法や治療薬は日々状況が変化しております。
従いまして、患者さんやそのご家族のあらゆる意思決定の一助にはなり得ないことをあらかじめご承知おき下さい。
リンク集等に専門的な医療機関のサイトをご紹介しておりますので、それらをご覧になることをお勧め致します。
私は医療について特別の知見を有しておりませんので、特に医師との意思疎通の妨げにならないことを願います。
記事をお読みになる方は上記の点を踏まえた上で読み進めて下さいます様お願い申し上げます。
1. 妻の病気『慢性血栓塞栓性肺高血圧症』とは?
妻の闘っている病気は「慢性血栓塞栓性肺高血圧症」と言います。
肺動脈に血栓が詰まってしまい肺動脈の血圧が高くなってしまう病気です。
まだ症例が少なく難病指定されている病気です。
つい最近まで致死率が高くその治療法は発展途上にあります。
1-1. 肺に十分な血液が送られないため血液の循環活動に支障
全身へ新鮮な酸素や栄養を供給し終わった「使用済み」の血液は「大静脈」を通じて一度心臓に戻されます。
その「使用済み」の血液を酸素を含んだ新鮮な血液に変えるために肺へと送る血管が『肺動脈』です。
この肺動脈の血管の内壁に血栓がこびりついて血流が悪くなり肺へと十分に血液を送れなくなるのがこの病気の初期症状です。
血流が悪くなっている血管にポンプの役目を果たす心臓がどんどん血液を送り込むため先の閉まったホースに水を送るがごとく肺動脈がパンパンになった状態が『肺動脈が高血圧になる』ということです。
1-2. 頑張り過ぎる右心室とそれに押しつぶされる左心
肺動脈が詰まって心臓がどんどん血液をどうなるか?
血流の良い時と同じ量の血液を流そうとする心臓は通常以上に頑張って何とか肺に血液を送ろうとします。
その心臓の「頑張り」によって流れにくい肺への血液が流れていくのは良いのですが、通常以上に頑張る肺へのポンプ役『右心室』の負担は大きくなります。
そして「より沢山の力を発揮するため」に右心室は少しづつ大きくなっていくのです。
心臓の反対側「左心房や左心室」を圧迫していきます。
「右心室」は肺へ血液を送り出すのに対して、心臓の左側にある『左心室』は肺から戻って酸素を多く含んだ新鮮な血液を全身に送り出す役目を担っています。
右心室が肥大化したため圧迫されていった左心室は相対的に小さくなって全身に十分な血液を送る能力が低下してしまいます。
この様に心臓が異常な状態のことを総じて『心不全』と呼びます。
この病気で起こる『右心肥大』という状況も『心不全』の一形態ということになります。
この様にして新鮮な血液が全身に十分な血液が送れなくなることにより常に息切れがするほど呼吸が苦しくなり体がむくんできたりしてしまいます。
1-3. 過去記事にて詳しいメカニズムをご紹介
詳しく知りたい方は是非ご覧になって下さい。
2. 入院時の危険な状態
妻が最初に検査入院した時、既に『心不全』を引き落としていることを担当医の先生から告げられました。
息切れがひどくて辛い状況になっていた妻の心臓は既に形が変わっていました。
すぐにでも手術の必要があることも知ることになったのです。
そして心臓の負担を少しでも和らげるために様々な点滴や薬の服用とともに在宅酸素療法が取り入れられたのです。
3. 在宅酸素療法(HOT)とは?
在宅酸素療法とは通常の生活をしながら在宅で酸素吸入を行う治療法です。
自宅では空気中から純度の高い酸素を作り出す機械から、外出中は酸素ボンベからカニューラと呼ばれる管を鼻に通して酸素吸入を行います。
もちろん入院中もベッドの枕元にある酸素供給してくれるコンセントの様なところから同様に酸素を供給してもらいます。
在宅酸素は人工呼吸器の様に呼吸そのものができないために行うものではありません。
していないからと言ってすぐに呼吸できなくなり死と直面するような緊急度があるわけではありません。
しかし負担軽減をしないとどんどん心臓の負担が心不全を進行させてしまします。
ですから手術などでその原因となっている血栓を取り除いて血流を良くしなければ「目に見えないところで」どんどん病気を進行させてしまいます。
そのため24時間続けていなければならないのです。
4. 妻の病気の経過
検査入院後にすぐに手術をすることが決まって一旦退院した時から自宅の酸素吸入器が稼働開始しました。
妻も24時間ずっと酸素吸入をしていました。
寝る時もカニューラと呼ばれるチューブを鼻に差し込み布団に入るのです。
そして第1回目の手術を行いました。
緊張して臨んだ初めての手術は無事終わり効果も出ましたが残念ながら1回の手術では完治するわけにはいきませんでした。
肺には無数の毛細血管が通っていますが、妻の血栓は1か所や2ヶ所ではなく上下左右、肺の至る所の毛細血管に「不通区間」ができるほど広範囲に及んでいたのです。
開胸しなくて済む『バルーンカテーテル手術』という方法を採用したのですがそれでも長時間の手術は患者の負担は大きく、1度の手術では多くても2~3ヶ所程度の血栓の除去しかできません。
4-1. バルーンカテーテル手術を受けて
過去記事にてバルーンカテーテル手術の詳細をご紹介しています。
詳しくお知りになりたい方は是非ご覧下さい。
妻は手術の時だけ2週間程度の入院をし、それ以外は自宅で投薬や在宅酸素療法をする日々でした。
4-2. 手術以降の経過観察期間
確かに在宅酸素療法をしなくて済むまでの快復はなりませんでしたが、それでも入院当初の深刻な状況からは脱することができました。
ですから治療を続けていく不便は引き続きあるものの大きな心配をしなくても日常生活を送ることができるようになりました。
痛みを伴う点滴や検査もも耐えてきた妻。
血栓を取り除く手術も4回行いました。
在宅酸素療法(HOT)は検査入院後に一旦退院した時からの付き合いです。
妻が『デザート』と呼んでいる山の様な薬を飲み続け淡々と在宅酸素療法を続けました。
4-3. 4回目の手術後の落胆
肺に張り巡らされた多くの血管が血栓により流れなくなっており、それらの血栓を丹念に取り除く作業は大変なことです。
妻の血管は肺全体といってもいいくらい「まんべんなく」詰まっていたため、1回の手術では取り除くことはできませんでした。
在宅酸素療法をしなくても済む程度の快復が見込めるのは平均的には4回程度の手術が必要だということです。
幸い1回目から手術は順調で快復度を測るうえで重要な指標である『肺動脈圧』は順調に推移しており私たちは希望を持って4回目の手術を迎えました。
その結果…
「数値は良くなっているものの在宅酸素療法をしなくても済むほどにはなっていない。特に今回チャレンジした血栓は血管に強くこびりついていて手術で取り除くのは難しく断念した。恐らく次回十分な時間を取って手術に臨んだとしても除去は難しいかもしれない。」
私は執刀した医師からこのお話を伺ってとても落胆しました。
きっと妻もそうだったと思います。
患者さんによっては何とか在宅酸素療法をしたくて4回を超える手術に臨む方もいらっしゃることを聞いていました。
でも妻の場合、手術の回数を重ねても実現が難しいのではないかと思わせる内容にこんな風に思いました。
「在宅酸素療法を卒業するのが当面の目標ではあったけど、あまりそれに期待してはいけない。この病気と上手に付き合う方法を考えよう。」
病気と付き合うためには快復の状況にあまり一喜一憂し過ぎないことが大事だと考えています。
妻もそんな風に思っているのではないかといつも感じていました。
ですから恐らくは私なんかよりずっと落胆したであろう妻もあまりこのことについて強い反応を示すこともありませんでした。
私もことさらに妻を慰めるような言葉も掛けもせず、
「仕方ないね。まぁ、ゆっくりやろう。」
という様なことだけ伝えて手術が無事済んで退院できたことをお互いに喜び合いました。
初めての手術が成功してその数値が思った以上に良かったのを聞いてこんな風に私は感じました。
私はその数値が医師の口から出た瞬間に涙が出そうになりました。
生まれて初めて感情よりも涙が先に反応することを経験しました。
正直なところ、その数値に対して私の気持ちは結構張りつめたものを持っていましたので…。
予後の生存率に非常に大きく影響する数値なのです。
上の記事で記載の通り、感情が揺さぶられた、その時ですら妻とは、「お疲れ様」とか「大分数値が良かったみたい」程度の会話を交わしただけです。
もちろん上にあるようなことを思ったなんて伝えてもいません。
ただ1度だけ伝えた思いはこの手術に向かう妻に宛てたビデオレターだけでした。
にゅういんのうた2 ~私の妻の場合~ フルコーラスVer.
妻は入院中の病院で何度もこのビデオを観てくれたそうです。
そんな思いで臨んだ3・4回目の手術だっただけに私たちの落胆はそれまでよりもちょっと大きかったと思います。
医師からは、
「とりあえず手術は一旦これで終わりにしましょう。あとは定期的な検診で数値を見ながら様子をみましょう。」
ということでした。
手術がこれで一旦終了となると劇的な数値の快復は望めないのではないかと考えて、
「引き続き手術をお願いしてみては?」
という思いが頭の中をかすめました。
でも、その言葉は口にしないことにしました。
開胸手術に比べるとカテーテル手術は患者の負担が軽いとはいえ、妻にとっては辛い時間です。
効果が曖昧な手術でこれ以上辛い思いをさせるのはかわいそうだと思いました。
また、全国からこの手術をするためにこの病院にやってくる患者さんは順番待ちの状態のようです。
そんな中ではこれ以上の手術の継続をお願いするのは私のひとりよがりだと考えたためです。
そして、
「手術直後には効果がすぐに数値に反映されない場合もあります。術後の経過により数値が良くなることもありますから治療方針については6ヶ月後の検診結果でまた考えましょう。」
という主治医の先生の言葉に希望を託すことにしました。
4-4. 6ヶ月後の定期検診
その後も在宅酸素療法をしながら沢山の薬を服用し日常生活を送りながら治療を続ける日々でした。
そう、もう妻にとってはそれが日常そのものです。
そして、半年に1回行う2泊3日の入院を伴う定期検診。
期待通りにいかなかった前回の手術の結果があったので、本当に定期的な検診に臨む、そのような気持ちで私は妻を入院に送り出しました。
1ヶ月に1回は近所の病院で投薬が適正かどうかを確認するための簡単な定期検診を受けてはいますが、半年に1回、病状の総合的な状況の確認のため入院して臨む精密検査を行います。
カテーテルを挿入した状態で自転車のペダルの様なものを漕ぎその負荷を上げながら測定する検査も行います。
どの程度運動できるか?
呼吸への影響は?
そんな「今後の生活に直結しそう」な検査も行います。
そして出た健診結果はある程度予想していたものでした。
「数値は良くなっているもののまだ在宅酸素療法をやめていいほどではない。」
というものでした。
そしてまた私の頭にもたげかけた思いを遮るかの様に、
「手術による快復も難しいので引き続き現在の治療を継続して快復を待ちましょう。」
という言葉も付け足されました。
「良くなっているのだから感謝しなくちゃ。」
そんな思いで病院を後にしました。
5. 術後1年が経過した検診で奇跡が起こる
そんなわけで次の定期検診、つまりは最後の手術をしてから1年が経過した頃に実施した検査はもう私の中では、
「ずっと続く定期検診のうちの2回目の検診時期が到来した。」
そんな位置づけになっていました。
しかし、今回の検査で妻は治療チームの先生方が満場一致の判断が下せるくらいの数値をたたき出す快挙を成し遂げました。
そして晴れて在宅酸素療法の卒業証書をもらうことが出来たのです。
妻には本当に「良かったね」という想いでいっぱいです。
あまり愚痴をこぼすこともありませんでしたが、きっと辛かったと思います。
夏休みの旅行に行こうかと思っています。
3年ぶりの夏休みの旅行です。
子供たちも本当に楽しみしています。
もうずっと旅行なんて行けないかもしれない、そんな風に考えていたので子供たちが楽しみにする姿を見て幸せに感謝しています。
ビデオレターで「またみんなで行こう!」と伝えた高原への旅行は気圧が低いと呼吸に悪いからと大事をとって今回は見送りました。
次の楽しみにとっておこうと思います。
きっとそうすればまた次の目標ができて我が家の治療の励みになることでしょう。
6. 妻に『難病の希望』になって欲しい
この病気は長く向き合っていかなければならないと覚悟しています。
家族としては1日も早く完治して欲しいのはもちろんですが、この病気にかかってしまって不安に感じている患者さんやそのご家族に妻の症状の好転が『希望』となることを願ってやみません。
私自身、妻がこの病気にかかって病院や専門機関の公式サイトや罹患者の方が運営するブログなどを拝見して病気のことを調べました。
そして、発症してから5年後の生存率が20%とという事実を知って愕然としました。
「5年間生きながらえる確率が5分の1しかない」
普通の生活をしているとあまり身近にない様な現実味を伴わない数値です。
私はどこかでそんなことがきちんと消化できないまま、それでもやれることをやるしかないという気持ちで妻とともに病気に向き合ってきました。
そして、その結果として妻は発症から2年を過ぎた今、普通に生活をしています。
そして手術後も難しいと一度は諦めかけた在宅酸素療法からの卒業も実現できました。
病気の経過は患者さんや受けている医療の状況により様々ですから全てが理想の状況に理想の期間で達成できるとは限りません。
それでも…
私や妻が不安ななかで読んだ様々なネット上の記事が私たちを励ましてくれたのは紛れもない事実です。
そんな風に当ブログでご紹介する記事が少しでもこれからこの病気に立ち向かおうとしている方々の力になれたら良いと思っています。
そして妻がこれからもどんどん回復してこの病気、更には同じように治療法が確立されていない様な病気と向き合う全ての患者さんやそのご家族の方々にとって『希望』となっていって欲しいなって願っています。
7. 当ブログに寄せられた『声』をご紹介
当ブログに沢山の方からコメントをお寄せ頂きました。
妻の身を案じて励ましのお言葉を下さり感謝の言葉もございません。
妻もこのブログを読んでおり闘病の力にさせて頂いております。
また妻と同じ病気にかかってしまって詳細を調べるために訪れる方、すでに治療の先輩で在宅酸素療法をご卒業された方、医療に携わっている方、いろいろな方から貴重な声が寄せられています。
今回はこれらのコメントをご紹介したいと思います。
もしこの記事をお読みになっている方にご参考になれば幸いです。
私も同じ病気です。現在はカテーテル治療で大分回復です。
HOTはされてますか?
初めまして。
夫は1年半ほどずっと難治性喘息と言われていました。東京の大学病院で検査してもそういわれました。最近は階段を上る時など、息切れがひどい状態でした。
今年西日本に引っ越しして、新たに検査をして7月に「肺高血圧症」と診断されました。やっと本当の病名にたどりつき、ほっとしています。
今は第1回のカテーテル治療を受けるため専門医のいる病院に入院しています。
夫も奥様と同じようにいい結果が出るようにと祈るばかりです。
はるさんのブログ、夫と読んでます。「肺高血圧症」の患者さんそして家族のお話とても参考になります。ありがとうございます。
以前コメントさせてもらいました、はるさんの奥様と同じ病気の夫を持つsaesaeです。
夫が先週退院しました(^_^.)二回の治療を受け、45あった肺高血圧値も27まで下がりました。次回の治療は12月中の予定です。
少し先行くはるさんのブログ、本当に参考にさせてもらっています。ありがとうございます。今回もパルスオキシメーターをどうするか?で奥さんと同じものをアマゾンで注文し、さっそく今使っています。
酸素吸入の長い酸素チューブはうちの場合床をあっちこっち動いていてそのままですが…
治療前あんなに苦しそうにしていた息切れの症状もなくなり、適切な治療を受けるとこうも違うものかと思います。はるさんの奥様もその後順調に回復されてるとのこと、何よりですね(^.^)
治療後の新しい身体(笑)での生活に夫も今試行錯誤中です。今日はこれから家族で近所の公園に行き散歩でもしようかと話しています。そんな普通の生活に少しずつ戻れたことに健康のありがたさを実感しております。はるさんの奥様にもよろしくお伝えください。
こんばんわ。同じ病気です。
4日前に4度目のカテーテル治療を終えて退院して来ました。
4度目の治療で肺動脈圧が目標値の30㎜Hg以下に到達し、カテーテルによる治療は終了となりました。
約一年間かけての入退院の繰り返しで、家族にも多大な負担を掛けてしまいましたが、一年前の苦しさから格段に改良し、心身共に元気になったことは本当に嬉しく思っています。
患者数が極端に少ないため、この治療を行っている病院は日本全国でも少ししか無いそうで、もしかしたら辛い症状を見過ごすしかない患者さんも多くいられるのでは?と思うと、私はとてもラッキーだったなぁ…と感謝している次第です。
カテーテルによる治療はまだまだ始まったばかりの治療だそうで、治療後5年後にはどうなっているか?データーは取れてないようですが、治療後の血管が再狭窄することは今のところ報告は無いそうです。
投薬治療と酸素はまだ続きますが、一年前の息苦しさとダルさが殆ど改善され、精神的にも暗い日々を過ごしていたのが嘘のようです。
もしもカテーテル治療をしていなかったら…段々に弱り、短命であったはずで、治療して下さった医師や医療スタッフには感謝!感謝!の念でいっぱいです。
私の場合一度目の治療時は7時間も掛かり、局所麻酔のため意識があるのが辛過ぎる治療でしたが、2回目5時間、3回目4時間、そして4回目はなんと2時間半!4回目には術後ICUに入ることもなく病室に戻れました。
回を追うごとに治療も楽になっていきましたよ。
3回目終了後には心臓の状態も医師が驚くほど改善しており、右心不全もなくなりました。
奥様も段々と楽になり笑顔も増えて家庭も明るくなると思います。
家族の理解と支えはとても有難く力をくれます。
治療終了までどうぞ支えてあげて下さいね。
はじめまして。
10月に母が同じ病気と診断されました。今は自宅で薬と酸素療法です。年明けにカテーテル予定です。
バルーンは日本でしか行われていない治療だそうですね。近くに大きな病院があって、正しい病名がわかり、治療が受けられることは本当にありがたい事です。難病と言われ、母は相当ショックを受けていましたが、はるさんのブログを読んで、すごく勇気が湧きましたし、前向きに1回目のカテーテル治療を受ける事ができそうです。
母が通う病院では、この治療受けた方全員が改善していると聞きましたし、先生も確実に圧が下がると断言してくれて、最近は気持ちの方もだいぶ楽になったようです。
奥様も経過が良好とのことで、本当に良かったですね。引き続きお大事になさって下さい。
はじめまして、エスと申します。
私の母もこのたびこの長い名前の特定疾患に認定されることになりました。
今までの看病と、自分のメンタルの弱さから今心がとても落ち込んでいて、とても気持ちがつらいです。
こちらのブログをようやく見つけて、少しづつ読み進めているところです。
勉強させてください。
よろしくお願いします。
CTEPHについて調べものをしている際に、非常に詳細かつ的確にまとめられているなーと目をとめました。 そして最後まで読ませて頂き動画も拝見して、同じ妻帯者として大変感動致しました。
ご紹介が遅れましたが、私はCTEPHの治療薬として今年発売された薬を先生方に紹介している製薬会社勤務のサラリーマンです。
闘病されている奥様とご家族の様子を知ることができ、明日からまたこの病気と戦っていく勇気をもらいました。
一般公開されているようですので、同僚にも紹介させて頂きたいと思います。
8. 難病治療の希望 それは治療法が日進月歩であること
難病治療はその原因や治療法が途上のため完治に時間がかかることは患者に不安をもたらします。
でもその反面、医療現場の方々は日夜大変なご努力をしてくれています。
そしてその治療法は日進月歩です。
ですから私が妻が入院してから読んだ記事の内容も今では古くなっています。
発症からの生存率も向上しています。
CTEPH には過去に急性肺血栓塞栓症を示唆する症状が認められる反復型と、明らかな症状のないまま病態の進行がみられる潜伏型がある。比較的軽症の CTEPH では、抗凝固療法を主体とする内科的治療のみで病態の進行を防ぐことが可能な例も存在する。しかし平均肺動脈圧が 30mmHg を超える症例では、肺高血圧は時間経過とともに悪化する場合も多く、一般には予後不良である。一方、CTEPH に対しては手術(肺動脈血栓内膜摘除術)により QOL や予後の改善が得られる。また、最近では非手術適応例に対してカテーテルを用いた経皮経管的肺動脈拡張術も開始され、手術に匹敵する肺血管抵抗改善が報告されている。手術適用のない例に対して、肺血管拡張薬を使用するようになった最近のCTEPH症例の5年生存率は87%と改善がみられている。一方、肺血管抵抗が 1000-1100dyn.s.cm-5 を超える例の予後は不良である。
当初は開胸手術、特に悪化してしまうと肺を移植するしか方法がないなど、かなり危険を伴う手術をするしか根本的な治療ができませんでした。
今ではカテーテル手術も手術症例が増えており患者の負担が比較的軽く、一定の期間をおけば何度もトライすることができて少しづつ快復することが望めます。
このカテーテル手術も当初は肺気腫を併発して不幸にも術後に亡くなってしまわれた患者さんもいらっしゃった様ですが現在ではその対策もかなり進んでいます。
特に初めての手術ではその危険が高いことから妻も最初の2回の手術では術後にICU(集中治療室)に入って24時間体制でそのリスクに備えて頂きましたが、術後にICUでテレビを観ることすらできるほど安定した状態を保つことができました。
また服用する薬も認可が下りた新薬により血管を広げて心臓への負担を軽減する効果が非常に高くなり、快復度の重要な指標である肺動脈圧が飛躍的に向上しました。
この様に治療法は目覚ましく進歩しており仮に目を覆いたくなるほど厳しい現実を突きつけられたとしても希望を持って病気に向き合うことはとても大切だと思います。
9. 患者さんのご家族にお伝えしたいこと
深刻な病気にかかってしまったときに患者さんのショックは大きいことと思います。
しかし家族だって一様にショックは大きいことと思います。
ですから家族の病気とどう向き合っていけばいいのか不安になってしまうのではないかと思います。
そんなご家族にお伝えしたいと思います。
それぞれ色々な考え方があるかと思いますので、一つの参考意見として受けとめて頂けると幸いです。
9-1. 「普段通り」を心掛けた
決して強い意志でそう決めていたわけではないのですが、知らず知らずのうちにそうしていた、そんな感じなのですが私も子供たちもそして恐らく患者本人である妻もそうしていた様に思います。
ことさらに励ましあうような言葉を交わしあったり、深刻に病気のことを語り合ったりといったことを普段はほとんどしていません。
手術の経過に一喜一憂したりもあまりせず、「事実を受け止める」ことに専念しているような感じです。
今回、在宅酸素療法を終えることが出来た時も二人で抱き合って喜び合った、なんて劇的な場面もなく、「ホントによかったね」、そんな感じです。
「お祝いに飲みに行こうか!」
せいぜいそんな感じです。
長く付き合わなければならない病気であり、期待していた時より悪い結果もあることを多少意識しているのかもしれません。
実際、4回の手術の後に数値が快復して在宅酸素療法を終えられると思っていたのに、手術を何度トライしても除去が難しい血栓の存在を知らされました。
そんな回復の停滞を予感させる出来事も経験していましたので、そんな時に必要以上に落ち込んだり家族が暗くなってしまったり、そんなことを回避できる気がします。
9-2. 人の力を借りることにためらわない
私の両親には何かと助けてもらっています。
妻が入院中は家事や子供の面倒を見てもらうために我が家に泊まってもらったりしながら沢山のサポートを受けました。
妻が退院後も洗濯など心臓に負担がかかりそうな家事をしに定期的に来てもらったりもしました。
この様なサポートを受けられない方から比べると本当に恵まれていると思います。
ですが、せっかく恵まれた環境であってもそれをしてもらうことにためらいを感じる方ももしかしたらいるかもしれません。
しかしながら『普段通り』過ごすことがとても大事なことだと考えておりましたので、助けてもらえば実現できる『普段通り』をできるだけ大切にしてきました。
私も仕事の大事な時期に休暇を取らなければならない場面にも遭遇しましたが、上司の理解や部下の助けでなんとか切り抜けることができました。
9-3. 治療には患者側の意思が大切
私は妻の2度の大病で痛切に感じていることがあります。
それは命に関わる病気の治療は患者側の意思がとても大切だということです。
妻の病気が思った以上に快復しているのは非常に恵まれた治療環境に身を置けたという幸運と関係者のお力だと感じています。
しかしながらそれだけではなかったとも思っています。
患者側がその病気のことや現在治療している内容について理解して必要に応じて『自分の意思』をきちんと医師に伝えることが病気の快復に影響を及ぼすと思っています。
1度目の大病、『脳静脈血栓症』の時には妻が自分の意思の力が働いてその病名の特定ができ、すんでのところで命拾いしました。
2度目の大病、今回の『肺高血圧症』では実はこんなことがありました。
激しい息切れを発端に近所の病院を受診して『肺高血圧症』であることが疑われ、長期的な検査によりその状況の把握をする治療方針でした。
しかしながら私はその検査期間中にも妻の息切れの状態が悪化していることを懸念してこの病気の先端医療をしている大学病院での精密検査をお願いしました。
最初の病院の主治医の先生が先端医療をしているその大学病院での非常勤の活動をしておりこの病気に知見があったことはまさに幸運でしたが、それでも長期的な検査を続けた場合のリスクはあったと思っています。
大学病院の精密検査を決めて予約をして実際に検査を受ける頃には既に自分の力で歩くことすらままならないほどに衰弱していました。
難病の場合、先端医療を行える病院が限られていることが多いので誰でも簡単に治療や手術を受けられるとは限りません。
この大学病院には全国から患者さんが集まってくるようで手術は順番待ちの状態のようです。
私の進言がなければもしかしたら発症が深刻になってから後手に回った対応だったかもしれないと思っています。
この検査時に既に妻の心臓の形は変わってしまうほど心不全が進行していました。
そしてこの病気の怖いところは初期の症状の進行がとても速いことなのです。
早期に精密検査を行っていれば心不全の進行も発見できて深刻な状況にはならなかったかも知れないとすら思いました。
この様なことは医療現場では良くあることで別に医師の怠慢でもミスでもなんでもなく、普通のことだと思います。
ですからこのことで医師を責める気持ちは微塵もありません。
むしろ主治医の先生はとても精力的に患者のことを考えて行動してくれて感謝してもしきれないくらいです。
ですが、患者側としてはできることはあるわけで精密検査を強くお願いしたことは良かったと思っています。
主治医の先生もこちらの申し出を尊重してくれて反対をされたのを押し切って検査が実現したというわけでもありませんでした。
ここで重要なことは主治医の先生も患者側の要請があればより緻密なこともしてくれることがある、ということです。
素人がどんなことにでも「にわか知識」で医師の判断に異論を挟むのは治療に支障すら来すことになりかねません。
しかしながら思ったことは伝えてみることはとても重要だと思います。
そして重要な受診時にはできるだけ直接医師からの言葉を聞くために私が同席するようにしていました。
患者側も治療の当事者として治療内容をきちんと把握することはとても大事なことだと思います。
そして治療そのものを行っている患者本人はそれだけでも精神的負担が大きいので家族が意思決定に必要な情報の共有を行い意思決定に積極的に関与することが大事だと思います。
そのための予備知識も持っておく必要がありますので勉強しておくことも大事です。
ちょっとぐらいの仕事の融通で実現するのであればできるだけ医師と直接話をする時に同席をしたいと考えています。
通院時の治療の時もそうですし、手術などの術前、術後の説明は必ず同席して細かな説明を受けています。
これらも病院側ではスケジュールの難しさから家族同席はどちらでも良いというスタンスをとることも多いですが患者本人だけに正確な情報の収集や「聞くべきことを聞く」という作業を任すのは患者への精神的負担が大きいと思っています。
9-4. 病気に冷静に向き合う
病気に対して冷静に向き合うことの大切さを感じております。
「普段通り」に生活したり、必要な病気の情報を入手したりするのに、とにかく冷静に病気と向き合って「すべきことをする」ことに専念することが大事だと思っています。
必要以上に病気を特別視せず、楽観視もせず、医師からの指示をきちんと守っていくことが大切だと思います。
患者さん本人がとても不安が大きい場合にはそれを取り除くことも家族の大切な役割だと思いますが、幸い妻はとても冷静でした。
気持ちの中での葛藤はいろいろとあったのでしょうが、冷静に向き合うことには一切支障が無いように見受けられたのでことさらに病気のことについて二人で話し合ったりなんてこともしていませんでした。
もし患者さん本人への精神的なケアが必要だと感じるのであれば、患者さんほどに精神的ショックが大きくない家族としてはいかに冷静に接することができるかどうかはとても大切なポイントの様な気がします。
そのためには病気のことを良く知って、自分自身がどう向き合おうとしているかの整理をしてみても良いかもしれません。
9-5. 経済的なこと・事務処理について
難病の治療は高度な先進医療を受けることになりますので治療費が沢山かかります。
妻が毎日、朝夕服用している薬のうちの一つは1粒5千円もする高価なものです。
在宅酸素療法は各種機器のレンタル費用を患者が負担しなければなりません。
健康保険も適用になりますし、難病指定されているので患者負担の上限が適用され実際にはこれらを全て負担する必要があるわけではありませんが、それでも最低2万円、法律の改正によりいずれは上限金額が増額されひと月3万円の出費が必要です。
『普段通り』に生活をする、ということはこういうことにも向き合うことだと思います。
特に働いている方が病気になってしまった場合には家計への影響が大きいかと思います。
家計を今後どの様に運用していくかを考えるのも大切なことだと思います。
更に健康保険には1ヶ月の治療費の上限が設定されておりその手続きが必要であったり、難病の費用負担軽減にはその申請が必要です。
医療保険を掛けていれば入院・通院・手術にかかる費用を請求する手続きも必要となります。
私は医療保険を掛けていてとても助かりましたが、その手続きは慣れないと結構ややこしくストレスを感じます。
この様な諸手続きも『普段通り』生活していくためにどの様な役割分担で行っていくか等を考えておく必要があります。
難病の申請に関しては妻がこまめに情報収集していてくれていたので、難病申請や入院手続きなどに関しては妻が、健康保険や医療保険については私が担当、そんな役割分担ができています。
事務処理を適切に手間無くこなしていくことも大事なことです。
10. 最後に
どうか、同じ病気になってしまってびっくりしている患者さん、ご家族の方がいらっしゃいましたら、こんな重症な状態で治療を始めても比較的短期間でここまで快復することができました。
ですから希望を持って前向きに、そして肩の力を抜いて、でも、何事にも慎重かつ確認を怠らないようにしながら病気に向き合って頂けたらと思います。
最後にこのブログを通して妻に励ましのお言葉を頂いた皆様、感謝申し上げます。
妻も常に(入院中も)このブログを見ておりまして、とても励まされたと感謝しております。
そして妻の代わりに家事をしてくれた家族…。
病院の方々、私を繁忙期で快く休ませてくれた会社の人たち…。
こんな高度な治療を受けさせてくれた国の制度。
私も妻も沢山の方々に感謝しなければならないと思っています。
本当にありがとうございました。
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